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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)3号 判決

アメリカ合衆国

フロリダ州タンパ、ノース・フーバー・ブールバード 5750A

原告

クエスター・コーポレイション

代表者

ドナルド・アール・バー

訴訟代理人弁理士

田中宏

樋口榮四郎

真田雄造

中島宣彦

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

指定代理人

山田忠夫

山川サツキ

井上元廣

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成3年審判第12123号事件について、平成4年8月5日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文第1、第2項と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1983年8月1日に米国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和59年2月16日、名称を「ゴルフボール」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(昭和59年特許願第26176号)が、平成3年2月25日に拒絶査定を受けたので、同年6月17日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第12123号事件として審理したうえ、平成4年8月5日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年9月9日原告に送達された。

2  本願第1発明の要旨

「コア及びカバーを有するゴルフボールであって、前記カバーが、天然又は合成ポリマーで白色顔料及び光学的光沢剤を含有するゴルフボール。」(特許請求の範囲第1項記載のとおり。)

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願第1発明は、実願昭52-100434号(実開昭54-27757号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(以下「引用例」という。)に記載された考案(以下「引用例発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明することができたものと判断し、本願発明は特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願第1発明の要旨、引用例の記載事項の各認定は認める。

本願第1発明と引用例発明との一致点の認定につき、両者が「コア及びカバーを有するゴルフボール」である点で一致することは認めるが、「カバーが、特性付与剤を含有するゴルフボール」である点で両者が一致する(審決書3頁11~13行)ことは争う。相違点の認定は、審決認定のもの以外にも相違点がある点を除き、認める。

相違点(1)についての認定判断はあえて争わない。同(2)についての判断は争う。

審決は、本願第1発明においては、カバーが特性付与剤を含有しているのに対し、引用例発明においては、特性付与剤はカバー体に塗布されており、カバー体がこれを含有するものではなく、両者はこの点で相違するのに、引用例の記載内容を誤認したため、この相違点を看過し(取消事由1)、相違点(2)についての判断を誤り(取消事由2)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(引用例の記載内容の誤認による相違点の看過)

(1)  本願第1発明は、補強塗料コーテイングを必要としないゴルフボールに関する(甲第2号証、明細書14頁末行~15頁1行)。

ゴルフボールにおいては、従来、そのカバー体に天然樹脂のバラタ、合成ポリマーあるいはこれらの混合物が広く使用されてきたが、これらのカバー組成物は外見が白くないので、これに白色顔料を配合するのが一般的であった。

しかし、カバー体は、このように白色顔料を配合しても、それだけでは輝くような白色とならないため、高品位のゴルフボールを得るためには、白色顔料の配合されたカバー体に更に多重コート塗装システムにより白色塗装を施すことが必要であり(甲第2号証、明細書15頁13行~16頁10行、16頁19行~17頁19行)、この塗装システムによることなく高品位の白いゴルフボールを得ることは不可能であった(同19頁14~15行)。

ところが、塗装システムによるこの方法は、一方で、白色化、光沢化の点では要求を満足させるものではあったが、他方で、白色塗料を塗装したゴルフボールは、カバー体と白色塗料の色調が異なるため、使用中に塗装がはげると外観が見苦しくなる(同17頁19行~18頁9行)、塗装システムが高価である、ゴルフボールの小さな球面に適用しなければならないので利用が難しい(同19頁16行~18行)等の欠点があった。

本願第1発明は、上記欠点を克服することを目的とするものであり、カバー体の中に白色顔料とともに光学的光沢剤を配合するという方法を採用することにより、白色塗料による塗装をしなくとも、光学的外観を高め、優れた白さを有するゴルフボールを得ることができるようにしたものであり(同16頁11~17行、20頁2~10行)、この補強塗装コーテイングを必要としない点は、極めて重要な点である。

(2)  これに対し、引用例発明は、「球面を構成するカバー体に発光剤を混合若しくは塗布して成るゴルフボール」(甲第4号証、明細書1頁「実用新案登録請求の範囲」)に係るものであり、蛍光剤を介してゴルフボールの外表面を発光させることによって、夜間練習時に飛球軌跡の確認を容易に行うことができるとともに、ロストボールの発見を容易かつ迅速に行うことができるようにすることを、その目的とするものである(同1頁7~12行)。

引用例の記載の文言のみからすれば、カバー体に発光剤を混合した場合も塗布した場合も同じように目的が達せられるように見えるが、発光剤をカバー体の表面に塗布した場合の方が、カバー体に混合した場合よりも、発光剤の表面に密度濃く分布し、その効果がよりよく発揮されることは、常識的にも明らかなことであるから、引用例に接する当業者は、上記「球面を構成するカバー体に発光剤を混合若しくは塗布して成るゴルフボール」との文言はあっても、現実には、「球面を構成するカバー体に発光剤を塗布して成るゴルフボール」のみを採用するのであり、わざわざ効果の薄い「球面を構成するカバー体に発光剤を混合して成るゴルフボール」を採用することはありえない。すなわち、引用例は、現実には、発光剤をカバー体の表面に塗布することを教示しているのであって、発光剤をカバー体に混合する技術を教えてはいないのである。

したがって、審決が、引用例に「コアの表面を覆うカバー体に発光剤を混合してなるゴルフボール」が記載されていると認定したのは、その趣旨の文言が記載されているとの認定の限度では正しいが、引用例の記載内容がその文言どおりのものであるとする点で誤っており、これを前提に、本願第1発明と引用例発明とは、「カバーが、特性付与剤を含有するゴルフボール」である点で一致する(審決書3頁11~13行)とした認定も、ここでいう「特性付与剤を含有する」が「特性付与剤が混合されている」の意味であることは文脈上明らかである以上、その限度で誤っているといわなければならない。

2  取消事由2(相違点(2)についての判断の誤り)

審決は、相違点(2)につき、「光学的光沢剤は、審判請求人も認めるとおり、蛍光増白剤とも呼ばれ、古くから繊維や洗剤に配合して用いられてきたものであるが、該光沢剤を合成樹脂成形剤や合成樹脂射出成形物に配合して、『顕著な白色化と光輝を付与する』ことも、特公昭38-7215公報、特開昭51-11981号公報にみられるように、従来周知である」ことを認定したうえ(審決書4頁12~19行)、これを根拠に直ちに、「してみると、同じ合成樹脂射出成形物であるゴルフボールのカバーに、発光剤に代えて該周知の光沢剤を配合することには、何の困難性も認められない。」(同4頁19行~5頁2行)と判断した。

審決が認定した上記各事項及びゴルフボールのカバーが合成樹脂射出成形物であることは認める。

しかし、これらの事項は、ゴルフボールのカバーに発光剤に代えて光学的光沢剤を配合することを、少しも容易にするものではなく、これを容易とした審決の判断は誤りである。

(1)  引用例発明で使用される蛍光剤は、上述のとおり、それを介してゴルフボールの外表面を発光させることによって、夜間練習時に飛球軌跡の確認を容易に行うことができるとともに、ロストボールの発見を容易かつ迅速に行うことができるようにすることを、その目的として使用されるものである(甲第4号証、明細書1頁7~12行)。

これに対し、本願第1発明において、ゴルフボールの表面に色と輝度の特性を付与することは、白色顔料と光学的光沢剤の両者を共に使用することのみによって達成されるのであり、光学的光沢剤のみでは、このような特性は達成されない。

すなわち、本願第1発明で使用される光学的光沢剤は、審決も認定するとおり、蛍光増白剤とも呼ばれる物質であり(審決書4頁12~14行)、紫外線の照射により、紫青~青の蛍光を発し、この蛍光により繊維、紙、洗剤などの材料の黄色味を打ち消し、完全な白色にするために使用するものである(甲第7号証の1~3、昭和56年10月15日発行「化学大辞典3」の「けいこうはくしょくせんりょう」の項)。

蛍光剤と光学的光沢剤とは、ともに、製品にある種の特性を付与する剤という限度では共通であり、審決のいう「特性付与剤」という概念でくくることのできる関係にあることは認めるが、たといそうであるとしても、両者の使用目的と作用の仕方に上記のような相違がある以上、発光剤を使用した引用例発明のゴルフボールから、その発光剤に代えて光学的光沢剤を使用して、光学的外観を高め、優れた白さを有する本願第1発明のゴルフボールを得ることは、当業者が容易に考えつくことではなかったといわなければならない。

(2)  光学的光沢剤を合成樹脂成形剤や合成樹脂射出成形物に配合して顕著な白色化と光輝を付与することが従来周知であったとしても、それは、配合の対象を合成樹脂成形剤や合成樹脂射出成形物という上位の概念で把握した場合にその限度で当てはまることであり、そのことから直ちに、配合の対象をゴルフボールという特定の種類の製品に限った場合に同じことが当てはまることにはならない。

審決が周知例として挙げる特公昭38-7215号公報、特開昭51-11981号公報は、特定の化学構造を有する蛍光増白剤そのものに特徴のある発明に係り、前者は、繊維材料、薄膜又は板状材料、特にポリエステル系の材料を対象とする技術であり(甲第5号証1頁左欄18~23行))、後者は、シート、プロフィル、射出成形物、チップ、顆粒、フォーム、フィルム、箔、ラッカー、被覆物、フィラメント、繊維などを対象に蛍光増白する技術であり(甲第6号証4頁右下欄17行~5頁左上欄16行)、ゴルフボールのカバー体について白色顔料とともに使用することについて開示ないし示唆する記載はなく、本願第1発明とは技術分野を異にするものである。

ゴルフボールのカバー体が射出成形法により形成されることは事実であるが、射出成形法により形成される合成樹脂製品は、その形状においても用途においても種々様々であるから、その中に光学的光沢剤を配合して顕著な白色化と光輝を付与されることが周知となっているものがあったからといって、その事実は、ゴルフボールのカバー体にこれらと同様に光学的光沢剤を配合して顕著な白色化と光輝を付与すべきことを示唆することにはならない。

したがって、上記事情を全く考慮に入れることなく、「同じ合成樹脂射出成形物であるゴルフボールのカバーに、発光剤に代えて該周知の光沢剤を配合することには、何の困難性も認められない。」(審決書4頁末行~5頁2行)とした審決の判断が誤っていることは明らかである。

(3)  ゴルフボールに顕著な白色化と光輝を付与することが従来から要求されていたことは、被告主張のとおりであるが、この要求自体は、多重コート塗装システムによる白色塗料の塗装及びクリアー塗装により既に満足されていた。

しかし、塗装による白色化は、前示本願明細書に示されているように、〈1〉使用中に遭遇する過酷な条件、たとえばゴルフクラブの打撃によって塗装が剥げると白色着色カバー体と白色塗料との色調が異なるため外観が悪くなる、〈2〉多重コート塗装システムによる塗装は高価である、〈3〉ゴルフボール自体が小さく表面に多数のくぼみがあることにより塗装操作が難しい、などのゴルフボール特有の欠点がある。

本願第1発明は、白色塗料による塗装の省略によって、これらの欠点を解消したうえ、〈4〉塗装工程時に薬剤が揮散し環境を損なうとの欠点をも解消する優れた効果を有する点に特徴を有するものであるから、上記被告主張事実は、本願第1発明の進歩性を否定する根拠になるものではない。

また、配合によりその対象に顕著な白色化と光輝を付与するとの光学的光沢剤の特性は、ゴルフボールとの関係において初めて奏されるものではなく、ゴルフボールのカバー体の原料となる合成樹脂成形材料そのものとの関係において奏されることは被告主張のとおりであるが、ゴルフボールのカバー体において、白色顔料と光学的光沢剤を併用することを示唆する資料は本願の優先権主張日前にはなく、白色顔料と光学的光沢剤を組み合わせて含有させる技術をゴルフボールのカバー体に適用することによって、ゴルフボール製造業界における従来の製造技術を覆し、白色塗料による塗装工程を不要としたことは、ゴルフボールの製造についての特有のことであるから、被告指摘の上記事項は、同発明の進歩性を否定する根拠にならない。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  本願第1発明の目的とその実現のために採用した手段についての原告の主張事実は認める。ただし、カバーの上に塗装をしないで、カバー自体の組成の工夫により、ある種の視覚的効果をもたらす色調等を表出することは既に知られていたことは、後に述べるとおりである。

(2)  引用例(甲第4号証)の実用新案登録請求の範囲の欄には、原告も認めるとおり、「球面を構成するカバー体に発光剤を混合若しくは塗布して成るゴルフボール」と記載されている。

また、引用例の考案の詳細な説明の欄には、「特にカバー体(7)の素材中に発光剤を混入してカバー体(7)を形成し、ゴルフボールを発光させる様に構成すれば、ボール(1)の長期間の使用によりその外表面が次第に摩耗する様な事があつてもこの摩耗に関係なく常時初期と同様の発光作用を得る事が出来るのであり、この点に於ける実用上の効果は極めて大である。」(同号証、明細書3頁6~13行)と記載されている。

このような記載のある引用例に接する当業者が、「球面を構成するカバー体に発光剤を塗布して成るゴルフボール」のみを採用し、「球面を構成するカバー体に発光剤を混合して成るゴルフボール」を採用しないなどということは、およそ考えられない。

したがって、このように考えられない事態を前提に、引用例は現実には発光剤をカバー体に混合する技術を教えていないとして、審決の相違の看過をいう原告主張は失当である。

2  同2について

(1)  原告は、引用例発明の発光剤と本願第1発明の光学的光沢剤とは使用目的及び技術分野が異なるから、前者に代えて後者を用いることは、当業者の容易に思いつくことではない旨主張する。

しかし、引用例発明のゴルフボールは、そのカバー体の素材中に白色顔料と発光剤を混入した構成のものであって、この構成により、夜間練習中に飛行軌跡の確認を容易に行いうるとともに、ロストボールの発見を容易かつ迅速に行うことができるという作用効果を奏するものであり、他方、カバー体に顕著な白色化と光輝を付与することは従来から要求されていたのであるから、このようなゴルフボールを得ようとするとき、ボールの可視性(見やすさ)を改良するという点で目的が共通している引用例発明に着目し、そこで用いられている発光剤の代わりに、昼間の自然光の下でカバー体を輝くように白くする物質をこれに混合すればよいことは、当業者が容易に考えつくことである。

そして、原告も認めるとおり、ゴルフボールのカバー体が合成樹脂射出成形物であり、合成樹脂射出成形物に光学的光沢物を配合して顕著な白色化と光輝を付与することは周知の技術であることからすると、この周知の技術をゴルフボールのカバー体に適用することは、極めて当たり前のことであり、そこには何の困難もないといわなければならない。

このように、カバー体に従来周知の光学的光沢剤を配合することにより顕著な白色化と光輝を付与することができれば、塗装工程を必要としないことは当然のことであるから、原告の主張する効果をもって、格別の効果とすることはできない。

(2)  ゴルフボールのカバー体において、白色顔料と光学的光沢剤を併用することを示唆する資料はなかった旨の原告主張も失当である。

配合によりその対象に顕著な白色化と光輝を付与するとの光学的光沢剤の特性は、ゴルフボールとの関係において初めて奏されるものではなく、ゴルフボールのカバー体の原料となる合成樹脂成形材料そのものとの関係において奏されるのである。そして、ゴルフボールのカバー体に使用される合成樹脂材料は、そのままでは、普通、無色透明又は半透明であるから、白色化するためには、二酸化チタン等の白色顔料を添加する必要があるものであり(乙第2号証、昭和52年4月1日発行「プラスチックおよびゴム用添加剤実用便覧」791頁)、また、合成樹脂射出成形物において光学的光沢剤を白色顔料と併用することも、例えば、審決が周知例として挙げた特開昭51-11981号公報(甲第6号証)に、本願第1発明における光学的光沢剤に該当する蛍光増白剤の使用態様として白色顔料を併用することが示されている(同号証5頁左下欄19~20行)ように格別のことではないから、白色顔料により既に白色化されている合成樹脂成形材料をより白く輝くようにするための剤として光学的光沢剤を使用することは、当業者にとって容易なことといわなければならない。

(3)  以上のとおりであるから、相違点(2)についての審決の判断は正当であり、そこには何の問題もない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。)。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(引用例の記載内容の誤認による相違点の看過)について

(1)  引用例の実用新案登録請求の範囲の欄に「球面を構成するカバー体に発光剤を混合若しくは塗布して成るゴルフボール」と記載されていることについては、当事者間に争いがない。

甲第4号証によれば、引用例の考案の詳細な説明の欄に、カバー体に発光剤を混合することに関連して、以下の各記載があることが認められる。

「本考案はゴルフボールの球面を構成するカバー体に発光剤を混合若しくは塗布する様に構成した事をその要旨とするものである。」(同号証、明細書1頁13~15行)

「しかして本考案はこの様な構造を有するゴルフボール(1)に於いて、同カバー体(7)を構成する素材中に例えば螢光塗料等の発光剤を混合させて、同ゴルフボール(1)の球面に発光作用を与える様に構成して成るものである。

尚本考案は上記の実施例に限定されるものでは無く、カバー体(7)の外表面に直接螢光塗料等の発光剤を塗布させても同効である。」(同2頁9~16行)

「特にカバー体(7)の素材中に発光剤を混入してカバー体(7)を形成し、ゴルフボールを発光させる様に構成すれば、ボール(1)の長期間の使用によりその外表面が次第に摩耗する様な事があつてもこの摩耗に関係なく常時初期と同様の発光作用を得る事が出来るのであり、この点に於ける実用上の効果は極めて大である。」(同3頁6~13行)

これらの記載から明らかなとおり、引用例においては、「球面を構成するカバー体に発光剤を・・・塗布して成るゴルフボール」と、「球面を構成するカバー体に発光剤を混合・・・して成るゴルフボール」をともに対象としてはいるが、後者の「カバー体に発光剤を混合・・・して成るゴルフボール」の方を重視し、これについて実施例において説明したうえ、「特にカバー体(7)の素材中に発光剤を混入してカバー体(7)を形成し、ゴルフボールを発光させる様に構成すれば、ボール(1)の長期間の使用によりその外表面が次第に摩耗する様な事があってもこの摩耗に関係なく常時初期と同様の発光作用を得る事が出来るのであり、この点に於ける実用上の効果は極めて大である」として、カバー体に発光剤を混入した場合の効果が強調されている。

(2)  原告は、引用例にこのような記載があるにもかかわらず、発光剤をカバー体の表面に塗布した場合の方が、カバー体に混合した場合よりも、発光剤の表面に密度濃く分布し、その効果がよりよく発揮されることを理由に、当業者は、「球面を構成するカバー体に発光剤を塗布して成るゴルフボール」のみを採用し、「球面を構成するカバー体に発光剤を混合して成るゴルフボール」を採用しない旨を主張する。

しかし、ゴルフボールにある性質を付与する剤(審決のいう特性付与剤)をカバー体に塗布する方法に多くの欠点があることは、原告がその欠点を〈1〉から〈4〉までに要約して自認するところであり、かつ、これらの欠点は、その内容とされている各事項の性質自体に照らすと、白色塗料の塗布に関してのみならず特性付与剤の塗布一般につき、また、原告のみならず当業者一般により、認識されるものと認められるから、これらの欠点を克服しつつ同じ目的を達成することは、当業者にとって、当然の要求であったといわなければならない。

そうとすれば、これらの欠点を克服しつつ同じ目的を達成したいと考えている当業者が、「ボール(1)の長期間の使用によりその外表面が次第に摩耗する様な事があってもこの摩耗に関係なく常時初期と同様の発光作用を得る事が出来る」という効果を奏する混合による方法を、たとい、それが塗布による方法に比べて効果を発揮させにくいという難点を有することが原告主張のとおりであるとしても、上記欠点に対処するため採用することは、十分ありうることといわなければならない。

したがって、原告主張の事実は、当業者が混合による方法を採用することはないであろうと考えさせる根拠にならず、他にもそのように考えさせる資料は、本件全証拠を検討しても見出せない。

(3)  以上のとおりであるから、審決が、引用例に「コアの表面を覆うカバー体に発光剤を混合してなるゴルフボール」が記載されていると認定したのは、その趣旨の文言が記載されているとの認定の限度においてのみならず、引用例の記載内容がその文言どおりのものであるとする点でも正当であり、これを前提に、本願第1発明と引用例発明とは、「カバーが、特性付与剤を含有するゴルフボール」である点で一致するとした審決の認定(審決書3頁11~13行)も正当といわなければならない。

原告主張の取消事由1は理由がない。

2  同2(相違点(2)についての判断の誤り)について

(1)  上記のとおり、本願第1発明と引用例発明とは、「カバーが、特性付与剤を含有するゴルフボール」である点で一致する。そして、審決が相違点(1)について述べているように、引用例発明のゴルフボールのカバー体の材質が、本願第1発明の白色顔料を含有した天然又は合成ポリマーと実質的に差異はないことは、原告の認めるところである。

したがって、本願第1発明と引用例発明との実質的な相違点は、審決が相違点(2)として認定したところの「特性付与剤」が、本願第1発明では「光学的光沢剤」であるのに対し、引用例発明では「発光剤」である点に帰着する。

そして、合成樹脂射出成形物に光学的光沢物を配合して顕著な白色化と光輝を付与することが従来周知であること、ゴルフボールのカバー体が合成樹脂射出成形物であることは、当事者間に争いがない事実であるから、この周知技術を、合成樹脂射出成形物の一種として既に存在する白色顔料を配合したゴルフボールのカバー体に適用することは、当業者にとって容易に想到できたことといわなければならない。

そして、カバー体に従来周知の光学的光沢剤を配合することにより顕著な白色化と光輝を付与することができれば、塗装工程を必要としないことは当然のことであるから、原告の主張する効果をもって、格別の効果とすることはできない。

(2)  原告は、引用例発明の発光剤と本願第1発明の光学的光沢剤とは使用目的及び技術分野が異なるから、前者に代えて後者を用いることは、当業者の容易に思いつくことではない旨主張する。

しかし、発光剤と光学的光沢剤とは、その使用目的及び作用効果が具体的には異なるとはいえ、ともにその付加により付加対象物の可視性(見やすさ)に関する性質を改善する剤であるという点で共通することは明らかであり、他方、原告も認めるとおり、ゴルフボールに顕著な白色化と光輝を付与することは従来から要求されているところであることからすれば、引用例に接した当業者が、その発光剤に代えて、周知の光学的光沢物を適用しようと考えることは極めて自然であり、そこに、原告の主張するような困難性があるとする事情は、本件全証拠によっても認められない。

(3)  原告は、また、ゴルフボールのカバー体において、白色顔料と光学的光沢剤を併用することを示唆する資料はなかった旨主張する。

しかしながら、光学的光沢剤は、蛍光増白剤とも呼ばれる物質であり、紫外線の照射により、紫青~青の蛍光を発し、この蛍光により繊維、紙、洗剤などの材料の黄色味を打ち消し、完全な白色にするために使用するものである(甲第7号証の1~3、昭和56年10月15日発行「化学大辞典 3」の「けいこう はくしょくせんりょう」の項)ことは、原告も自認するところであり、この蛍光増白剤が有機材料中に白色顔料とともに混合して使用できることは、審決が周知例として挙げる特開昭51-11981号公報(甲第6号証)にも示されていて、当業者にとって周知の事柄であったと認められる。

そうとすれば、白色顔料により既に白色化されている合成樹脂成形材料よりなるゴルフボールのカバー体の白色を増白するために光学的光沢剤を使用することは、当業者にとって容易なことであったといわなければならない。

その他ゴルフボールのカバー体に光学的光沢剤を使用することの困難性をいう原告の主張は、上記説示に照らしいずれも採用できないことが明らかである。

(4)  したがって、上記周知技術の存在を根拠に、「してみると、同じ合成樹脂射出成形物であるゴルフボールのカバーに、発光剤に代えて該周知の光沢剤を配合することには、何の困難性も認められない。」(審決書4頁19行~5頁2行)とした審決の判断は正当といわなければならない。

原告主張の取消事由2も理由がない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担、上告のための附加期間の付与につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

平成3年審判第12123号

審決

アメリカ合衆国 フロリダ州 タンパ、ノース・フーバー・ブールバード 5750A

請求人 クエスター・コーポレイション

東京都港区虎ノ門一丁目19番14号 邦楽ビル503

代理人弁理士 戸田親男

昭和59年特許願第26176号「ゴルフボール」拒絶査定に対する審判事件(昭和60年3月2日出願公開、特開昭60-40071)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

(手続の経緯・本願第1発明の要旨)

本願は、昭和59年2月16日(優先権主張1983年8月1日、米国)の出願であって、その第1発明の要旨は、補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの、

「コア及びカバーを有するゴルフボールであって、前記カバーが、天然又は合成ポリマーで、白色顔料及び光学的光沢剤を含有するゴルフボール。」にあるものと認める。

そして、明細書には、「(カバーの)色や光学的輝きの両方において・・・すぐれたゴルフボール」を得ることが、本願発明の目的として記載されている。

(引用例)

これに対し、前審で平成1年11月17日付の拒絶の理由に引用した、本願出願前に頒布された実願昭52-100434号(実開昭54-27757号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(以下、「引用例」という)には、

「コアの表面を覆うカバー体に発光剤を混合してなるゴルフボール」が記載されている。

(本願第1発明と引用例との対比)

本願第1発明と、引用例記載の発明とを対比すると、引用例記載の「カバー体」は、本願第1発明の「カバー」に相当し、本願第1発明の「光学的光沢剤」も引用例記載の「発光剤」もいずれも「特性付与剤」といえるから、両者は「コア及びカバーを有するゴルフボールであって、前記カバーが、特性付与剤を含有するゴルフボール」である点で一致する。

そして、本願第1発明と、引用例記載の発明とは、以下の(1)(2)の点で相違する。

(1)本願第1発明の「カバー」の材質が、白色顔料を含有した天然又は合成ポリマーであるのに対し、引用例には「カバー」の材質について記載されていない点。

(2)「特性付与剤」が、本願第1発明では「光学的光沢剤」であるのに対し、引用例では「発光剤」である点。

(当審の判断)

そこで、前記相違点について検討する。

相違点(1)ついてみると、カバーが白色顔料を含有した天然又は合成ポリマーで形成されたゴルフボールは、従来から極めて一般的に製造され、広く大衆に使用されているものであるから、引用例のゴルフボールのカバーかこのような材質であることは自明であり、実質的な差異は認められない。

また、相違点(2)についてみると、光学的光沢剤は、審判請求人も認めるとおり、蛍光増白剤とも呼ばれ、古くから繊維や洗剤に配合して用いられてきたものであるが、該光沢剤を合成樹脂成形剤や合成樹脂射出成形物に配合して、「顕著な白色化と光輝を付与する」ことも、特公昭38-7215公報、特開昭51-11981号公報にみられるように、従来周知である。してみると、同じ合成樹脂射出成形物であるゴルフボールのカバーに、発光剤に代えて該周知の光沢剤を配合することには、何の困難性も認められない。そして、これによって生じる作用効果も、格別のものとはいえない。

(むすび)

したがって、本願第1発明は引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定によりを受けることができない。

以上のとおり、本願は、第1発明が特許を受けることができないものであるから、特許請求の範囲第2項以下に記載された第1発明以外の発明について改めて論及するまでもなく、拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成4年8月5日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人被請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

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